複雑性悲嘆の特徴と治療:心理学やカウンセリングでできること
複雑性悲嘆について知る
大切な人を失うと、誰もが深い悲しみの中に身を置くことになります。この痛みや喪失感は、人生を揺るがすほど大きなものです。一般的には、時間とともにその深い悲しみも少しずつ形を変えながら、心の中に整理されていきます。しかし、人によってはその悲しみが何ヶ月、何年も強く残り続け、心や体、そして日々の生活に大きな影響を及ぼしてしまうこともあります。こうした状態を「複雑性悲嘆」と呼びます。
この記事では、複雑性悲嘆の特徴や発症の背景、家族としてどう支え合えるのか、臨床心理士・公認心理師がわかりやすく説明します。
複雑性悲嘆とは
一般的な悲嘆との違い
人が大切な人を失ったときの深い悲しみ――それ自体はごく自然な心の反応です。枯れるほどに涙がこぼれたり、寂しさや思い出に胸がしめつけられることもあるでしょう。それでも、時間の経過や日々の生活の中で、気持ちは少しずつ和らぎ、日常を取り戻していきます。
しかし、複雑性悲嘆はこれとは違います。
- 強い喪失感や空虚感、心の痛みが長期間続く
- 故人のことばかりが頭に浮かび、何も手につかない
- 普段楽しめていたことや、喜びをあまり感じられなくなってしまう
- 「もっと自分にできることがあったはず」と強い後悔や自責の念から抜け出せない
- 気持ちの整理がつかず、日常生活や仕事、対人関係に大きな支障が出てしまう
このような状態が長く続くことで、心身ともにエネルギーを失い、周囲の人からも理解されにくい、“ひとりぼっち”の痛みとなっていくことがあります。
発症しやすい背景やきっかけ
複雑性悲嘆は決して「心が弱い」から起こるのではありません。いくつかの条件が重なることで、誰にでも起こりうるのです。
- 深い愛着や強い絆のあった人との突然の死別
- 事前に別れの心づもりができなかった場合や、事故・自殺など納得しきれない別れのかたち
- 死別の途上で十分な「お別れ」を伝えられなかった後悔
- 社会的・家庭的なサポートが得にくい環境(話を聞いてくれる人がいない、孤立しがちなど)
- もともと自分の気持ちを表現するのが苦手で、悲しみを閉じ込めてしまいやすい性格や気質
- それ以前にも大きなトラウマ体験や喪失体験をしている場合
こういった複雑な背景に加えて、日本特有の「悲しみを人前で表に出すことへのとまどい」や、「家族の役割」「強くあろう」という無言のプレッシャーも関係してくることがあります。
複雑性悲嘆の診断基準(要約)
DSM5-TRの診断基準を要約して以下にご紹介します。診断名は「遅延性悲嘆症」です。
1. 死別後の期間
- 成人:12か月以上
- 子ども・青年:6か月以上
にわたり、以下の基準を満たす症状が持続する。
2. 必須症状(1つ以上)
故人に対する 強い思慕・渇望 または 持続的な喪失の苦痛 が日常に支障をきたす形で続く。
例:
- 故人への非常に強い恋しさ
- 喪失の事実に関連した強烈な感情的苦痛
3. 付随症状(6つ以上)
以下のような認知・情動・行動面の症状が複数(6項目以上)継続して存在する。
認知的な症状
- 喪失の現実を受け入れられない
- 故人の死やそれに関連する出来事への強い反芻
- 強い罪悪感・自己非難
- 喪失によって人生の意味や目的を見失う感覚
情動的な症状
- 強い苦痛・怒り
- 感情の麻痺、感情の持続的な鈍麻
- 自分の一部が失われたような感覚
行動的な症状
- 死別に関連する場所・物・記憶の極端な回避
- 故人に過度に近づこうとする行動(所持品への執着など)
- 社会的活動や他者関係の大きな減退(孤立)
4. 機能障害
- これらの症状が 社会的・職業的・家族的機能に著しい障害 をもたらす。
5. 文化的・宗教的背景を超えた遷延
- 悲嘆のプロセスとして文化的に通常とされる時間や強度を明らかに超えている。
6. 他の精神疾患や医学的状態では説明されない
- うつ病、PTSD、精神病、物質使用などでは説明できない。
参考までに、喪失体験からの回復の道と心理的なプロセスはこちらに記載しています。
複雑性悲嘆と家族
大切な家族を失ったとき、残された家族一人ひとりに異なる悲しみの形や葛藤が生まれます。「自分は悲しみをうまく乗り越えられていないのでは」「家族なのにもっと強くならなければ」と悩むことも多いでしょう。
とくに日本の家庭では、“家族だからこそ”の重荷や役割を感じやすい上、「感情を言葉にして共有する」「自分の弱さや痛みを見せる」ことが苦手な風土もあり、内に抱えやすい特徴があります。
家族で支え合うためにできること
- 悲しみの感じ方は人それぞれであると理解する
たとえば同じ父や母を亡くしても、涙を流す人、黙って日常に戻ろうとする人、怒りや後悔が表に出る人…感じ方も表現の方法も本当にさまざまです。「この人はなぜ泣かないの?」「自分だけこんなに苦しいのはおかしいのでは」と決めつけず、互いの気持ちやペースに違いがあることをまず尊重しましょう。
- 感情を言葉にする機会を持つ
「本当は今もすごく寂しい」「思い出の場所を思い出すのがつらい」「まだ信じられない」――こんな思いを、どんなにつたなくてもいいから言葉にしてみることが大切です。家族と一緒に話すことで、気持ちを分かち合いやすくなり、知らず知らず孤立するのを防げます。言葉にすることが苦手なら、気持ちを書き出してみるのも一つの方法です。
- 無理に“前向き”を強制しない
よかれと思って「早く元気になろう」「思い出にして前に進もう」と言ってしまいがちですが、それがかえって相手の心を苦しめることもあります。
> 無理に悲しみを手放させようとせず、「まだしんどいよね」「気持ちが整理できなくてもいいんだよ」と、今の痛みや混乱をそのまま受け止めあえる雰囲気を意識しましょう。
- 助けてほしいときは「助けて」と伝える
本当に辛いとき、「ご飯を一緒に食べたい」「そばにいてくれるだけでいい」など、自分から素直に助けを求めることは、とても勇気がいるものです。それでも、無理して一人で抱え込まず、小さくてもSOSを発信しましょう。
家族だからこそ、「弱さを見せていいんだ」と感じられる時間をつくることが、回復への大きな支えになります。
複雑性悲嘆の対処法・乗り越え方
専門家に相談する
複雑性悲嘆になったとき、「周りに心配をかけたくない」「自分だけ耐えなければ」と思ってしまうかもしれません。しかし、もし日常生活に支障が出たり、体や心が限界に感じるようなら、ぜひ専門家の助けを借りてください。
カウンセラーや臨床心理士、地域の精神保健福祉センター、医療機関などは、あなたの状態やタイミング、気持ちに寄り添いながら、必要なサポートやカウンセリングを提供してくれます。
自分の苦しみを「弱さ」だと考えず、話せる場所を持つことで気持ちが和らぐことも多いです。もしハードルが下がるのであれば、対面ではなく電話やオンライン相談から始めてもよいと思います。
大切なのは「ひとりで頑張りすぎなくていい」と気づくこと。心が限界と感じたら、遠慮せず専門機関を頼ってください。
日常のリズムを大切にする
深い悲しみの中では、生活が乱れたり、何もやる気が起きない日が続くこともごく自然なことです。「今日も何もできなかった」「しっかりしなければ」と自分を責める気持ちが強まることもあります。
ですが、まずは“ほんの少しだけ”できることから、生活リズムを意識してみてください。
- 起きる時間、寝る時間はできるだけ一定にする
- 食事を一食でも抜かずに口にする
- お風呂にゆっくり浸かる、シャワーだけの日があってもいい
- 部屋のカーテンを開けて光を感じる
- 布団に入って目を閉じるだけでも自分を休めてあげる
これらはほんの小さなことですが、心と体の回復にはとても大切です。
「何もできなかった」と感じる日が続いても大丈夫、少しずつで良いのです。
「自分を責めない」意識を持つ
喪失体験をしたとき、「もっと優しくしておけばよかった」「あの時こうしていれば…」と、自分を責める考えが頭を占めてしまいがちです。けれど、どんなに考えても過去に戻ることはできず、後悔することもまた自然なことです。
だからこそ、「これだけ悲しんでいるのは、それだけ相手を大切に思っていた証」と自分を認めてあげてください。「悲しみを感じていい」「つらい気持ちになって当然」と、焦らず、そのままの自分を受け入れる時間を大切にしましょう。
カウンセリングでできること
喪失に適応し、新たな現実に適応することが援助の目標になります。そのためには、喪失の現実感を増すことや情緒的な苦痛や行動上の困難さに対処するためのサポートを行っていきます。さらに、故人との絆を維持する手立てを見出すことも大切になります。複雑性悲嘆の場合、通常の悲嘆カウンセリングでの対応では困難で、分離葛藤を解消していくセラピーが必要です。
おわりに
複雑性悲嘆は、まわりからは見えにくいかもしれません。孤独さやつらさを心の中でひとりきりで生きているような苦しさを伴います。他人にはなかなか分かってもらえなくても、あなたの痛みは確かにあります。
大切なのは、ひとりで抱え込まず、家族や信頼できる人、そして専門家の助けを少しずつでも借りながら、「自分だけのペース」で自分らしい喪失との向き合い方を探すことです。
悲しみの形や回復のスピードは一人ひとり異なります。無理せず、今の自分を大事にしながら、必要なときは休み、助けを求めてみてください。
今は夜のように長く暗く感じても、必ず朝はやってきます。あなたの心が、静かにでも少しずつ穏やかな日々に包まれていくことを、心から願っています。
